少年革命家「ゆたぼん」くんから考える、自由ってなんだ?

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mamaライフバランスプロジェクト(ママバラ)
公式アンバサダー 吉田淑恵(ヨシダヨシエ)です。

 

我が家には、中学3年生の保健室登校の娘がいます。
2年生のときは半分くらいしか登校できなかったけど、3年生になってからはまだ数日しか休んでいなくて、だいぶ頑張っている状態です。

 

今回は、少し前に話題になった少年革命家「ゆたぼん」くんの発言から、
自由ってなんだろう?ってことを考えてみたいと思います。

 

ゆたぼんくんって、どんな子なの?

「算数やってみ、ってなったら電卓で調べたらいいだけやし、漢字はググったらいいだけやろ。
書くことだけが勉強じゃない。こうやって話すのも勉強やから」

彼の発言の中で一番衝撃的だった発言がこれです。

 

少年革命家「ゆたぼん」くんは、自身の不登校について語る動画をYouTubeにアップしている、いわゆる“ユーチューバー”。

テレビや新聞などで取り上げられるなどして話題になっていたので、不登校には直接関係していない方も、名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。

 

彼は小学3年生の時、不登校の道を選んだようです。
いじめとか、勉強についていけないとかではなく、学校という存在そのものに対する疑問から。

 

「宿題をやりたくないのでやらなかった。なんで学校があるんだろう、なんで先生がいるんだろう、なんで先生の言うことを聞いてやらないといけないのだろう、なんでやろって疑問がめっちゃ多かった」

「先生のいいなりになる同級生がロボットのように見え、自分もそのようになるのが嫌だった」

 

それに対してゆたぼんくんのお父さんは、インタビューの中で、こう答えています。

「1年生、2年生の頃は休まず楽しく行っていた。でも3年生になると、『なぜ、どうして』っていうのが生まれてきた。僕はそれを大事にしてあげたい。
自分の中から出てくる『なぜ、どうして』を全力で探求していくところに、学びが生まれると思っている」

 

 

そして、ゆたぼんくんは、動画の中でこんなことを訴えています。
「不登校は不幸じゃない」
「俺が自由な世界をつくる」
「人生は冒険や」
「いやいや学校へ行ってる子たちの方が不幸だと思う」
「俺は不登校の子に言いたい。学校に行きたければ行けばいいし、行きたくない子は行かなくていい」
「子供は学校に行く権利はあるけど義務はない」
「みんな自由に生きよう!死んだらアカン!」

ゆたぼんくんの言っていることって、どうなの?

う~ん・・・それはそうかもしれないんだけどさ・・・
私的には、とてもモヤモヤします。
この違和感はなんだろう。
自分の言葉じゃなくて、言わされてる感が強いからなのかな?

 

そこで、娘に聞いてみました。
「ゆたぼんくん、どう思う?」

 

娘「本当、やめてほしい。自分たちまでサボってると思われる。」

 

その一言で、モヤモヤが晴れました。
ゆたぼんくんは、私が思っている“不登校”ではないのです。

 

学校へ“行かない子”と、学校へ“行けない子”。
そこが大きく違うのです。

 

不登校で悩んでいる子は、本当はみんなと同じように普通に学校に行きたいと思っているのです。
でもそれが、いろんな理由によって、できなくて困っている。

 

そういう“行けない子”たちに向かって、“行かない子”が訴えたところで、なんの救いにもならないのです。

 

行けるのに行かないから、
「不登校は不幸じゃない」とか、
「死んだらアカン!」とか言われても、刺さらない。
それって自由っていうよりはワガママじゃないの?と思えてしまうのでしょう。

 

自由とはなんだろう?

辞書で調べてみると

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
自由
じゆう
liberty; freedom; Freiheit; liberté
一般的には,心のままであること,あるいは外的束縛や強制がないことを意味する。
哲学上は,人間が行為する際に一つの対象を必然的に追求するのではなく,それ以外の対象をも選びうる能力をいう。

https://kotobank.jp/word/%E8%87%AA%E7%94%B1-76701

自由とは、それ以外の対象をも選びうる能力、すなわち選択肢がいくつもあって、それを自分で選べること。

 

この定義からすると、ゆたぼんくんは「正しい選択肢を持っていたのかな?」という点で、疑問に思います。

 

「算数やってみ、ってなったら電卓で調べたらいいだけやし、漢字はググったらいいだけやろ。
書くことだけが勉強じゃない。こうやって話すのも勉強やから」

 

大抵の人は、いやいや、そうじゃないでしょ、って思うでしょう。
きっと大人ならば想像がつく日常のシチュエーションが、選択肢の中にないのでしょうね。

 

買い物の時、割引してあるお肉、どっちのパックが安い?って考えるとき、割合の計算方法も知らなくて、どうやって電卓使うの?

会議の資料を読むのに、いちいち漢字をググっていたら仕事にならないんですけど。

 

でも、小学2年生までしか学校の勉強をしていないので、選択肢がないのは当たり前なのです。

本人のせいではないな、と思います。

 

では、“行かない子”に対して、親ができることは何か?

“行けない子”への対処には、専門家がたくさん関わります。

カウンセラーやお医者さん、学校の先生、保健室の先生、フリースクールの先生、児童相談所、もちろん親も。

 

でも“行かない子”に対して何かアクションを起こすのって、親くらいじゃないでしょうか?

 

だとしたら、親は何をしてあげられるのか。

 

私は3つのステップがあると考えます。
そして、私がゆたぼんくんの親だったら、こう言うと思います。

1.事実を伝える

確かに、子どもは学校に行く権利はあるけど義務はない。
でも、親は教育を受けさせる義務があるんだよ。
学校へ行かせる義務ではなく、教育を受けさせる義務ね。

 

それ以前に、子どもには教育を受ける権利があるんだよ。

 

せっかくの権利を使わないのは、もったいない。
人生の選択肢を増やすためには、判断のもとになる知識は必要だよ。

 

知らない外国語のドラマよりも、日本語のドラマの方が面白いでしょ?
歌番組で、知っている曲が流れるのって、嬉しいでしょ?
知っているということは、“楽しい”に直結するんだよ。

2.善悪の基準を示す

自由っていうのは、ルールの範囲内でのこと。
ルールは守らないといけないよ。
たとえば、youtubeのアカウントは、14歳未満がもつのはルール違反だよ。

 

学校生活には、時間を守るとか、課題を提出するとか、ルールがたくさんある。
そのルールは、なんのためにあるんだろう?
ルールがないと、どうなってしまうんだろう?
ルールに疑問を持ったら、正しい手順を踏んで変えればいい。

 

それに、いやいや学校へ行ってる子たちだって、その子たちなりに頑張っているのだから、不幸だなんて言ってはいけないよ。

3.選択肢を見せて、選ばせる

自由であることの大前提は、自分で決めること。
でも、自由には必ず責任が伴います。
最後は自分で決めよう。その方がやる気も出るしね。

 

学校に行くというのも、一つ。
宿題をやりたくないならば、先生と話し合うのも一つ。

 

もちろん、学校へ行かないというのも一つ。

 

事実を把握して、善悪の判断をした上で、自分で選ぶ。
あなたが選んだのならば、全力で応援します。

 

最後に、気づいたこと。

書いていて気が付きました。
これ、“行かない子”だけではなく、どの子にも当てはまることですね。

 

「自分の中から出てくる『なぜ、どうして』を全力で探求していくところに、学びが生まれると思っている」というお父さんの言葉には、共感します。

 

でもやっぱり、小中学生のうちの勉強は、のちの生活に役立つことが多いから、やっておいたほうがいいんだろうな、と思います。

 

基礎知識があった方が、学びは大きなものになりますよ。

 

 

【ライター】
日本強み研究所 所長
一般社団法人ライフミッションコーチ協会® ライフミッションサポーター
吉田淑恵(よしだよしえ)

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